世紀の大冤罪事件!ドレフュス事件の真実!
みなさんこんにちは!
教員志望大学生のしゅんです。
これからこのブログ上で
「カタカナが多すぎる」
「時代や地域がややこしい」
など
苦手意識を持っている方が多い
世界史について
「意外な実話」
など
織り交ぜながら
わかりやすく解説していきます!
私のこれまでの経験上
単語そのものを覚えようとするより
「その単語にまつわる話」
「関連する話」
と共に覚える方が
圧倒的に
定着しやすいです!
反対にそれを知らずに
単語だけを覚えようとすると
中々定着せず
「勉強したのに中々思い出せない…」
「難しくて面白くない」
「勉強する気にならない…」
と言った
負のスパイラルに陥る可能性があります!
なのでぜひ
このブログで楽しみながら学んでください!
今回は第8弾ということで
「世紀の大冤罪事件!ドレフュス事件の真実!」
について書いていきます!
ドレフュス事件って
そもそも知っていますか??
パッとすぐに出てくる人は多分少ないかなー
と思います。
そんな方は是非この記事を見て
ざっくりと学んでください!
ではドレフュス事件を見ていきましょうか!
ドレフュス事件とは
「1894年」に「フランス」
で起こった事件で
当時フランス陸軍内で
陸軍の機密文書の名前が列挙された文書が
見つかりました。
その宛先が当時の敵国であった
ドイツ軍宛やったんですね!
つまり、情報の漏洩が起こったということです!
流石に情報を敵に流して
「はいそうですか」では
終わんないですよね。
それで終わっちゃうと
逆に軍として大丈夫かと心配ですよね笑
あせあせしちゃいます笑
てなわけで当然陸軍内で犯人探しが始まりました。
その手紙の筆跡が似ていたという理由から
当時陸軍に所属していたユダヤ人の
「アルフレッド・ドレフュス」が
目をつけられ、逮捕されてしまいました…
そしてそのことが
反ユダヤ派の人々によって
新聞でフランス内で拡散されてしまったこともあり
ドレフュスは終身禁固刑を
言い渡されてしまったんです。
それでどうなったと思います??
ドレフュスは
フランス領ギアナの離島のディアブル島に
送られてしまったんです…
ディアブル島ってめちゃめちゃ遠い島で
そこに1人送られてしまったんです…
日本で言う流刑ですね…
しかも日本語訳したら悪魔島ですよ?
怖すぎでしょ!!
それでもドレフュスの親族や
陸軍内のドレフュスの無罪を疑った人々が
ドレフュスの無罪を主張し
陸軍は「1896年」に真犯人を突き止めました!
あ、これで解決や…
て思ったでしょ!
それがまだなんですよね。
その真犯人を見つけたのに
陸軍の上層部の人たちは調査を禁じたり
再審に反対したりと
ドレフュスを犯人にしたいかのような
行動に出るのです。
これは陸軍のメンツのためなのでしょうね…
人の人生より組織のメンツ…
んーむずい!
結局再審はされたんですけど
結局真犯人は無罪に…
人種差別って怖いですね…
それでも
その後軍の不正を糾弾する意見がでたりして
再審の動きが強まり
結果「1906年」に
ドレフュスが無罪になり釈放されました!
いやー
無罪なのに拘束されていた期間が
長すぎますね…
まとめると
当時の反ユダヤの考えや世論と
軍の体裁のために
1人のユダヤ人の時間が犠牲になってしまった
という悲しい事件です。
今すぐに出来ることとしては
「ドレフュス」「ユダヤ」「陸軍」「フランス」
などの単語だけを見て
この事件の一連の流れを
ノートに書いて見てください!
すると流れが自然と整理され
自分で説明できるようになります!
これでこの部分に関する
文章で回答する問題も
一問一答形式も完璧!
では!